プロフィール

はじめまして、トライアスロンをしています。 内田弦大です。
氏名:内田弦大 出身地:滋賀県高島市 年齢:23歳 大学:関西大学 社会安全学部 安全マネジメント学科 所属:関西大学・滋賀レイクスターズ 競技:トライアスロン ・主な活動実績 2016年・2017年日本学生トライアスロン選手権 優勝 2018年 U23アジア選手権 3位 2019年 日本トライアスロン選手権 5位 2019年 日本ランキング 5位
はじめに、『学生×プロトライアスリート』と書きましたが、僕は日本学生トライアスロン選手権2連覇、大学を休学、スポンサー様に支援して頂きながら2019年日本ランキング5位になりました。 『げんちゃんブログ』では、トレーニング理論や思考、栄養、コンディションについて書いていきます。
  • 1人でトレーニングできない。
  • どんなトレーニングをしたらいいのか分からない。
  • 競技力を向上させたい。
といった悩みを解決する手助けをするブログです。   ぼく自身、23歳とまだまだ未熟ではありますが、自分の目標に向かって全力で挑みここまでくることができました。   少し長くなってしまいましたが、できるだけ読みやすいようにしたので興味がある方はぜひご覧ください・・・!

誕生~小学生 つらい競泳時代

滋賀県の高島市という田舎で生まれました。 保育園くらいの記憶はほとんどありません。 自分の意思がなく、いつも周りを気にして、周りを見て遊んでいました。 小学1年から競泳をはじめました。きっかけは、喘息を持っていたので肺を強くするためです。 水泳教室の進級テストでは一度も飛び級をしたことがなくて、一歩ずつしか進級できませんでした。 一歩ずつ進級して小学5年生から「選手コース」に呼んで頂きました。 選手コースはきつくて毎日必死でした。

中学生 競泳に夢中になる

小中一貫だったので、小学校と同じ地元の中学校に入学。 中学校には水泳部がなかったので、そのまま水泳のクラブチームで練習することにしました。 中学生になっても競泳の練習が嫌で寝坊もよくしていましたが、仲間と切磋琢磨して競泳のジュニアオリンピックにリレーでは、5位入賞することもありました。 全国大会を目標にしていたけど、いつもリレーばかりで「個人」で全国に行くことができませんでした。個人で全国大会に出場したいという想いが強くなり、中学2年生くらいから初めて練習を自分からするようになりました。 結果 中学3年生の時に200m自由形で全国中学競泳大会に出場できました!!!! タイムは長水路で1分59秒でした。 ※僕の中学校には部活がなかったので全国中学競泳大会にリレーで出場できませんでしたが、もしリレーで出場していれば2位の記録 自分の目標を達成して、競泳引退   中学3年生まで話してしまいましたが、中学2年生に少し戻って、駅伝大会にも出場していました。 中学2年生の頃は、3KMを9分23秒 中学3年生の頃は、3KMを9分40秒 市の大会で区間記録を2回出したり、県大会で区間賞を取ったりしていました。 この結果から、競泳をしていたのに地元の高校から陸上の推薦を頂き、高校では陸上を始めました。

高校生 陸上競技を始める

陸上の推薦で、地元の高校に入学。 競泳を引退してからは、毎日欠かさずに駄菓子一袋と炭酸ジュースを飲みながら2時か3時くらいまでテレビを見て、12時頃に起きる生活。 この生活を4カ月くらい続けていると、競泳を引退してから8kg増えていました。 ※ぼくテレビとお菓子が大好きなんです。 こんな身体で本格的に高校生活がスタート。 部活がきつすぎる日々。って言っても競泳に比べたら全然大丈夫。 優しい先輩に引っ張ってもらい、楽しみながら、それなりに頑張っていました。

高校1年生の成績

・春季滋賀県大会 1500m 8位入賞 (4分07秒くらい) ・県ユースという学年別の大会で800mが1位・1500mが2位になり、近畿ユースに出場。 近畿ユースでは、800mが4位・1500mが5位の入賞。  

陸上を夢中になるキッカケ

高校1年の勢いのまま、高校2年の春季滋賀県大会では、800mで優勝 タイムは1分55秒くらい   しかし、 高校2年の春季近畿大会では、800mを予選最下位で通過し、準決勝敗退。 他県との圧倒的な差を見せつけられて、伸びた鼻をへし折られる。正直この頃まで陸上なめてました。 これをきっかけに陸上でも全国大会に出場したいと強く想うようになりました。この日から本気で練習に取り組む。 本気で練習に取り組み始めてすぐに、オーバートレーニングで故障。 半年間ジョギングすらできませんでした。 高校2年生は春季大会以降は、故障で大会に出場できませんでした。

復活

本当に半年間ジョギングすらできなかったので、 全国大会に出場する目標を諦めることを何度も考えました。 陸上も辞めるかどうかも悩んでました。 それでも、やれることは全部していきたいと思ったので、 京都まで片道1時間30分かけて整骨院に通ったり、 両親にお願いをして愛知までリハビリに通いました。 グランドに行って、みんなが走っているのを見ることが辛くて、 体育館でいつも腹筋や体幹、リハビリを行っていました。 この半年間はかなり辛かったです。   そんなこんなで、半年かけて完治。全国大会出場に向けて少しずつ練習再開。 結果 春季近畿大会6位入賞。そして全国高校陸上大会に出場!!! 滋賀県代表として国民体育大会にも出場!!! タイムは1分53秒83 自分の目標を達成して陸上引退 高校故障して何もできなかった時、恩師に「勉強をする忍耐力が陸上に生きる」と言われたことと。 友達に「げんたは陸上だけやな」って笑われたので本気で勉強をしました。 勉強はやればやるだけ伸びるので、はじめはクラスでも真ん中くらいでしたが、 半年間かけてクラスで1位、学年では2位までテストの成績を上げました。 「陸上だけやな」と言われたことが悔しかったので、 テスト期間の部活がなくても1人で練習しながら結果を出しました。

大学 アルバイト生活からトライアスロン生活へ

関西大学へは指定校推薦で入学。 陸上を引退してからは、毎日欠かさずに駄菓子一袋と炭酸ジュースを飲みながら 2時か3時くらいまでテレビを見て、12時頃に起きる生活。 この生活を4カ月くらい続けていると、陸上を引退してから8kg増えていました。 ※ぼくテレビとお菓子が大好きなんです。 大学1年生の夏休みまで、アルバイトと大学の勉強ばかりの生活が、 全く面白くなくて夢中になりたいことを探してトライアスロンを始めました。 トライアスロンは練習時間が長くてきつい。正直とんでもない世界に来てしまったと思いました。 大学1年生の間は、公式レースに出ることなく練習に打ち込みました。 初めて出場したレースは優勝!!! この頃は始めたばかりだったので、練習すればするだけ伸びました。

大学生の成績

U19世界トライアスロン選手権 出場 日本トライアスロン選手権 9位 日本学生トライアスロン選手権 2連覇 アジアカップやアメリカンカップで表彰台 日本選手権 5位 日本ランキング 5位

大学 休学と独立

大学4年生になったタイミングでナショナルチームに参加。 ぼく以外はプロ選手・実業団選手なので、 同じように長期の海外遠征などに参加していくために大学を休学。 山梨を拠点に、2カ月間のオセアニア遠征やヨーロッパ遠征、 色んな国でレースをして1年間ナショナルチームで活動しました。   一番の問題は強化費。周りと同じように行動するために、スポンサー活動も必死にしました。 何とか、色んな方の支援のお陰で、スポンサー様が集まり自分の夢を追いかけることができました。 2019年になり独立して、関西大学を拠点に1人で活動を開始。 関西大学の方に話を聞いて頂き、課外活動ではありますが環境を提供して頂きました。  

独立してからの活動

独立して1人でトレーニングをすることになり、自分の弱さを痛感しました。 競技だけに集中できる環境から、トレーニング計画、食事などの生活面、 トレーニング、スポンサー活動など、ほとんどを自分でしないといけません。 独立してから弱くなったと思われたくなくて、 自分も強くなるために1人ですることを選択したのでトレーニングの合間に、 人にアドバイスをもらいに行ったり、動画で学んだり、読書をして学んだり、 色々な手段を使ってとにかく強くなるために、結果を出すためにとにかく行動しまくりました。(2019年は80冊以上、本を読みました。) 独立してからは想像以上に成長できました。本当にしてよかったです。 こんな感じで学生でありながらプロトライアスリートとして本気で活動しています。

ぼくを支えて下さる スポンサー様

関西大学

滋賀レイクスターズ

小林医院

SHUNTA PLUS

しゅん太鍼灸整骨院

LAKE

1人で活動していくことを決心してからは、スポンサー様が集まらなければトライアスロンをやめる覚悟で、多くの企業にメールをしてお会いさせて頂いたり、スポーツ支援事業に応募してみたり、人を紹介して頂いたり、行動しました。

ウチダゲンタのSNS

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